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一心別館”燗” [今日のメシ]

前回は,丁度クリスマスイヴということで,心穏やかではなかったので(^^;
あらためて,一心別館”燗”をレポートしてみたいと思います.
何の記念日でも,仕事の区切りでも飲み会でもなく,
家庭に不満があるわけでも(^^;同伴でもなく(^^;;
単に,ぽつり独りと酒を呑むことだけを目的に,
ふらり,やってきました呑べーの桃源郷へ・・・

■1

国分町通りとはいえ,いわゆる繁華街のエリアからはちょっと離れ,
定禅寺との角のビル,地下への階段をとんとんとんと下りると,
そこには,灯りに照らされ花が生けられた木の入り口が2軒分並んでいる.
手前が本館である一心.そして奥が本日のお目当て,一心別館”燗”である.

がらりと引き戸を開けると,そこにはまた木の壁.
動線を折り曲げることで,外から店内が丸見えにならないように
ちょっと,ワンクッションおいた造りとなっている.
店内には8人ほどがゆったりと座れるカウンタと,
その後ろには,小上がりも有るのだが,通常はその木戸が閉まっているため,
一見するとカウンタだけの空間とも見える.
とてもこぢんまりとした,なんとも落ち着く佇まいである.
ややもすると,銘酒居酒屋には,妙な緊張感が漂う店もあったりするものだが,
この店には,それとは正反対のまろやかな空気が流れている.
カウンターの前へと進んだ瞬間から,すでに肩の力が抜けていくようである.

にぎやかな喧騒も馬鹿騒ぎも無縁の店内には,静かにジャズが流れ,灯りは抑え気味.
よいしょ,とカウンタに座ると,厨房内との間には木の間仕切壁が設けられており,
もちろん呼びかければ,声も届くし目も合わせることが出来るのだが,
それ以外の時間には,独りの空間を楽しむことが出来るような工夫になっている.

厨房の方からは,お店を切り回している女性の方が支度をする物音が
くつろぎの邪魔にならない程度に聞こえてくる.
前回の記事でもふれたが,この方,また二十代くらいと見受けられるが
実に穏やかな慈性にあふれた雰囲気を持っていらっしゃる人で,
その雰囲気が,そのまま店内の雰囲気へと伝播しているかのように感じられる.
聴くところによると,このお店をそもそも発案されたのもこの方だそうで
取りそろえているお酒も,主にご自身で選ばれているのだそう.
燗酒の専門店というのは,今のところ実に珍しいと思うのだが,
それも,元々ご自身が燗酒がお好きだそうで,
おそらく,もっとその良さを知って貰いたいという思いが,根底にあるのであろう.
その穏やかな話しぶりや設えぶりは,まさに燗酒のもつ暖かさやまったり感といった
心をほぐしてくれる要素と相通ずるところがある.
それは,あたかも熱燗の妖精と会話しているかのようでもある.

さて,一息ついて,カウンタをみると,蓋付きの箱が埋込まれていることに気付く.これは何かというと,燗を付けるための湯が収められているのである.この店では,希望に応じて燗を付けて出して貰うことも,もちろんできるが,錫のちろりにお酒を入れて貰って,自分自身で,好みに応じた燗を付けながら楽しむことも出来るわけである.

ここから先は店の案内パンフの受け売りであるが,一口に燗酒といっても
日向燗からはじまり,人肌,ぬる燗,上燗,熱燗,飛切燗,そして燗冷ましと
七色の温度に分けられる.それぞれに酒の味わいは驚くほど変化を遂げる.
普段あまり気にとめないことではあったが,言われてみれば,まさにその通りで
世界で酒を温めて飲む習慣のある地域がどの位有るのか,不勉強にして知らないが,
少なくとも,その温め方を温度別で,これだけ細やかに区別しているのは
恐らく日本酒だけなのではないかと思う次第である.
言葉というのは,その国の文化伝統の流れを現すとは,しばしば言われるところであるが
お燗の温度を現すために用意された七種類もの言葉.どれも実に美しいではないか.

自分の呑みたい温度に自分で温めて酒を呑む.とてもワクワクする行為である.
とはいえ.
やはり手慣れたプロに最高の燗を付けて貰いたいと思うのもまた,呑兵衛の心情というもの.
ましてや燗をつけてくれるのが,熱燗の妖精ともなれば,なおさらのことである.
ものすごい数の日本酒のリストを両手に眺めつつ,
やはり出だしはまずはこれかな,ということでいつもの如く
大七の純米生元(酒偏略・以下同)をぬる燗でお願いする.
まったりと待つこと5分.目の前に置かれたとっくりの,果たしてその燗具合はぴたり.
ゆるゆると嘗めるほどに喉を通ってゆく,ふんわりとした日本酒の味と香り.
冷や(常温)のままの日本酒はあからさまに液体の表情を粘膜へと突きつけるが,
ひとたび燗を付けると,まるで立ち上る香りと味のオーラに覆われた
後を引く粘性を有する弾性体のように,その表情をがらりと変えるから面白い.
それは決して純米酒に限ったことではなく吟醸酒だろうと,大吟醸酒だろうと,
性格こそ異なれども同じ事である.

■2

一心の美しく盛りつけられたお通しには定評がある.
お造り三品盛り.
今日はエビ,本鮪赤身,それにホタテの貝柱とひもが添えられていた.
季節によって幾分取り合わせが変化するが,本鮪はいつも必ず含まれているように記憶している.

本マグロは浮き沈みの少ない魚とはいえ,
年間を通して一定以上の質を維持するのも大変だろうと思うのだが,
何かこだわりがあるのかもしれない.
今の季節だと三陸沖か,もう少し北の津軽海峡あたりのものだろうか.
昨年末に訪れたときには,限りなく中トロに近いあたりが供され,
そのくどさの全くない脂が,口中にひろがる旨味に絶句したものだが,
今回は鮮烈な赤身の輝き.口に運ぶほどに,イノシン酸がほとばしる快感.
個人的には,酒肴としての鮪はやはり赤身に一票を投じるものである.


続いて運ばれてきたのは鱈ぎく.すなわち鱈の白子である.
昔から東北の冬における貴重なタンパク源であると同時に,
そのコクにあふれた旨さは一度食べるとやみつきになる魅力を持っている.
かつては,取れすぎて困るほどに漁獲量があった鱈,
しかも捨てる部分が全くないほどに全身を食べ尽くせる魚だが
(一説には幾らでもとれるため,食べ過ぎてお腹がふくれた状態を,
 鱈腹といったとも言う.ただし正説としては卵を宿した鱈の腹の状態が語源か)
昨今では漁獲高もずいぶんと減少し,すっかり高級魚となってしまった.
それに伴い,たらこ白子ともに貴重品となってしまったのは,
やはり呑兵衛の端くれとしては寂しいところである.
ここでは,きく酢,唐揚げ,天ぷらと,いかようにも料理してくれるが
今回は焼きぎくで戴くことにした.
以前塩竃の隠れ屋の記事でもふれたが,生でも食べられる新鮮な白子を
さっと焼いた旨さたるや,よりいっそう増上するタンパク質のコク,
そして程よく熱の加わった食感と,口の中でとろけてゆく舌触り.
白子が上等であればあるほどに至上の逸品となる.
ただし,言うまでもないことながら,その焼き方はかなり難しい.
どこまで熱を通すかという判断が肝要で,片時も目が離せない.何より焦げやすい.
皿の上の鱈ぎくは,ほんのり焼き目がついており,
ハシで一口大に切り分けると,その断面からほわっと湯気が立ち上る.うれしいねぇ

日本酒といえば,タコぶつ.
釜で茹で上げたばかりのタコをぶつ切りにした一鉢は
シンプルでお手頃な酒肴ではあるが,これがまた奥が深い”料理”でもある
この店では,タコぶつと言いつつ,柔らかな歯ごたえのタコが供される.
柔らかとは言っても,寿司店などで出される柔らかい煮蛸とはまた異なり
あくまでタコぶつに期待された歯ごたえは残しつつも,
次の瞬間には歯がすっと通ってゆく絶妙さである.
これこそ,まさに”居酒屋”の仕事ではないか.

■3
一心別館”燗”の品書きは驚異である.その酒肴の取りそろえ方には敬意を感じる.
以前にも書いたが,何度見ても一瞬背中がぞくぞくする.
初めてこの品書きを開いたときには,
”なぜ,私の好みをこれほどまでに知っているのか?”という
驚異と不思議まじりの奇妙な感覚を味わった.
もしかして,どこかに客の心を読み取る機械があり,逐一構成を変えているのでは?と
非現実的なことまでを一瞬考えてしまいそうな程に,この品書きは私を虜にする.
そして恐らく”私を”という,この主語は,
”世の中の呑兵衛を”と置き換えることが出来るのだろうと,このところ思い始めている.
それほどまでに,融通無碍に酒にあう肴というものが追求されつくしている.
いやいや,これでも未だ未完成であるのだろう.終わり無く追求されていくのであろう.
どれもこれも頼みたくて仕方のない気持ちを抑えつつ,
今日の一献のための酒肴を悩み選びだす苦しみ.
それこそが大人しかわかり得ない楽しみ,というものではなかろうか.

さてお酒を鳥取は鷹勇の,強力米(ごうりきまい)を使用した,
その名も”強力の里”という銘柄に変える.
同じくぬる燗として頼んだのだが,微妙に燗の付け方が変えてある.
限りなく人肌に近いぬる燗である.
強力米というのは,一時は生産が途絶え,有志の努力によって再び日の目を見た酒造好適米.
背が高いことなどから,手入れが難しく,しっかりとした大地のパワーを持つ土壌でないと
上手く育たないのだそうだ.
そのために有志たちは,時間を掛けて土造りから始め,
その成果が漸くこうして素晴らしき日本酒としての形に実を結んだわけだ.
吟醸酒が持つような,いわゆる”フルーティな吟醸香”とは非なる,
素晴らしき”米と麹の香り”が猪口の中から,柔らかく広がってゆく.
自分は今,日本酒を楽しんでいる.そんな実感がしみじみとわき出す名酒である.

■4
最後にもうひと品,何か食べたいと思った.
呑んだ後に最適な,食事類も各種取り揃っているのだが,
やはり最後まで酒肴でいこうかと考えつつ,どれがよいか悩むことしばし.
目にとまったのは,有機野菜という項である.
定番のおひたしの他,サラダ,煮物など各種出来ます,とのことであったので
煮物をお願いすることにした.
恐らく注文を受けてから炊いているのだろう,
しばらくの後に目の前へと運ばれてきた熱々の有機野菜の煮物は
自然が育んだ滋味の共演であった.ほうれん草,そして根菜類
凍てつく冬の中,畝の中でじっくりと育まれた野菜たちが
満を持してひょっこりと目の前に現れたかのような,素晴らしき煮物であった.
もう一つ,目を奪われたのは,その煮物の器である.
無垢の木から削りだしで作られたその器は,
たおやかな曲線と,たっぷりとした余裕のあるデザインで
手に持ったときの持ち具合がとても良いものであった.
文字通り器が違うといっては,たわいのないシャレになってしまうのだが
一切の虚飾無き白い木肌に浮かび上がる木目の上に盛りつけられた
彩り鮮やかな有機野菜は,使い古された表現を赦してもらえるならば,
まさに一幅の絵画を眺めているかのよう.
一口ひとくちがおろそかにはできない.ゆっくりと味わいつつ燗酒を含む.
あぁ,これ以上桃源郷をさまよってはバチがあたる.そろそろ現実世界に戻るべき時間だ.

日本酒を楽しんだ後,最後にひとくちのビールが大好きである.
それが,ほろ苦さをたたえた黒ビールであるなら言うことはない.
ここには,いわゆるスタウトやエビス黒といった,メジャな黒ビールはないのだが
その代わり(いや代わりどころではない),シメイビール(ブルーラベル)という
今や6カ所だけとなったトラピストビールの代表格が用意されている.
チェックをお願いし,とりとめのない会話を店の方と交わしつつ,
2005年のシメイブルーをゆっくりと一口,そしてもう一口.

修道院に伝わる瓶内発酵の伝統的製法による濃厚なコクと芳香.クリーミィな泡
日本には日本の,ベルギーにはベルギーの,それぞれの酒文化があり,その大切さを知る人々によって,大事に,大事に守り継がれている.呑兵衛のはしくれとして,そのことに心から感謝.
そう思いつつ,最後の一口を,ごくりと飲み干した.

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コメント 3

takako

こんにちは。
うっとりとする記事に心地好く酔わせていただきました。
桃源郷・・・まさしくそのとおり!
TBさせていただきます。
by takako (2006-05-02 19:44) 

とも

燗別館燗主のともです。
いつもありがとうございます。
お友達のtakakoさんに教えていただき、
やってまいりました。
素敵な記事に、ただただ驚いております。
自分のお店じゃないみたいです笑。
ふっと立ち寄りたくなるような、居心地の良い空間を目指し、
これからも頑張ります。
どうもありがとうございました。
by とも (2006-05-03 13:24) 

Yamada

takako様
コメント&nice戴きまして,ありがとうございます.
私の場合,普段はおちゃらけた記事が多いのですが
(見ての通りですね^^)
燗別館は,感動を何とか表現してみたくて
”しらふ”で,真面目に書いてみました^^;
ひとを酔っぱらわせる記事が目標なので(笑)
とても嬉しいコメントでした.

とも様
どうも,こちらこそ,いつも心地よい時間を戴いておりまして
ありがとうございます.
といいつつも,年度末,多忙だったもので,しばらくご無沙汰してました.
近々,寄らせていただきます^^
まさか,ご本人にコメントいただくとは,思ってもいなかったもので
柄でもなく緊張してしまいますが^^
燗別館のようなお店が仙台にあることが,
呑べーのはしくれとして,どれだけ幸せなことか.
これからも,呑べーのための居心地良い空間作り,
どうぞ,よろしくおねがいします.
by Yamada (2006-05-04 12:00) 

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